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日本人文書紀。
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國見丘
音羽山 女坂傳說跡地。
國見丘者,傳今在奈良音羽山。
來目歌其二:「急甚神風兮 神嵐所拂伊勢海 海上大石間 細螺攀迴蝕彼石 攀迴細螺矣 吾子猶細螺 吾子矣 吾子矣 今猶此細螺 攀迴此丘國見山 擊敵制勝止其息 擊敵制勝止其息」【此謂,神風伊勢海,細螺攀迴蝕大石。吾子由此螺,攀迴丘兮擊敵勝。】
來目歌其三:「忍坂大室屋 眾人入居此石窨 雖入此屋敵者眾 威武不撓兮 武勇來目子等矣 今舉頭椎劍 復舉石椎劍 持劍擊敵止其息」
來目歌其四:「於今嗟兮於今嗟 嗚呼賤虜吾已取 唯今何不歡 吾子矣 唯今何不悅 吾子矣」
來目歌其五:「人云蝦夷者 威猛一騎能當百 世間傳聞縱如此 莫能手向傷吾毫」
秋八月甲午朔乙未,天皇使徵兄猾えうかし及弟猾おとうかし者。【猾,此云うかし宇介志。】是兩人,菟田縣うだのあがた之魁帥ひとごのかみ者也。【魁帥,此云ひとごのかみ比鄧誤迺伽瀰。】時兄猾不來,弟猾即詣至。因拜軍門みかど而告之曰:「臣兄兄猾之為逆狀さかふるかたち也,聞天孫且到,即起兵將襲。望見皇師之威,懼不敢敵,乃潛伏其兵,權作新宮にひみや,而殿內施機おし,欲因請饗以作難まちとらむ。願知此詐いつはり,善為之備。」
天皇即遣道臣命みちのをみのみこと,察其逆狀。時道臣命審知有賊害之心あたなふこころ,而大怒誥嘖たけびころひ之曰:「虜爾い所造屋,爾おれ自居之!【爾,此云おれ飫例。】」因案劍彎弓ゆみひきまかな,逼令催入。兄猾獲罪於天,事無所辭,乃自蹈機而壓死。時陳ひきいだし其屍而斬之,流血沒踝つぶなぎ。故號其地曰,菟田血原うだのちはら。
已而弟猾大設牛酒ししさけ,以勞饗ねぎみあへす皇軍焉。天皇以其酒宍,班賜軍卒いくさびと,乃為御謠之曰:【謠,此云うたよみ宇哆預瀰。】
菟田うだの 高城たかきに 鴫羂張しぎわなはる 我わが待まつや 鴫しぎは障さやらず 勇細いすくはし 鯨障くぢらさやり
前妻こなみが 肴乞なこはさば 立柧棱たちそばの 實無みのなけくを 幾許こきし刨ひゑね
後妻うはなりが 肴乞なこはさば 櫟いちさかき 實多みのおほけくを 幾許こきだ刨ひゑね
是謂,來目歌くめうた。今樂府うたまひのつかさ奏此歌者,猶有手量たはかり大小,及音聲こゑ巨細。此古之遺式のこれるのり也。
是後天皇欲省吉野よしの之地,乃從菟田穿邑,親率輕兵かろきつはもの巡幸焉。至吉野時,有人出自井中ゐのなか,光而有尾。天皇問之曰:「汝何人?」對曰:「臣是國神。名為井光ゐひか。」此則吉野首部おぼとら始祖也。
更少進,亦有尾而披磐石而出者。天皇問之曰:「汝何人?」對曰:「臣是磐排別いはおしわく之子。【排別,此云おしわく飫時和句。】」此則吉野國樔部すら始祖也。
及緣水西行,亦有作梁取魚やなうちすなどり者。【梁,此云やな揶奈。】天皇問之。對曰:「臣是苞苴擔にへもつ之子。【苞苴擔,此云にへもつ珥倍毛菟。】」此則阿太養鸕部あだのうかひら始祖也。
九月甲子朔戊辰五,天皇陟彼菟田高倉山たかくらやま之巔いただき,瞻望域中くぬち。時國見丘くにみのをか上則有八十梟帥やそたける,【梟帥,此云たける多稽屢。】又於女坂置女軍めいくさ,男坂置男軍をいくさ,墨坂置焃炭おこしずみ。其女坂めさか、男坂をさか、墨坂すみさか之號,由此而起也。復有兄磯城えしき軍,布滿於磐余邑いはれのむら。【磯,此云し志。】賊虜所據,皆是要害之地ぬみのところ,故道路絕塞,無處可通。天皇惡之,是夜自祈而寢。夢有天神訓之曰:「宜取天香山社あまのかぐやまのやしろ中土,【香山,此云かぐやま介遇夜摩。】以造天平瓮あまのひらか八十枚,【平瓮,此云ひらか毘邏介。】并造嚴瓮いつへ,而敬祭天神地祇あまつかみくにつかみ,【嚴瓮,此云いつへ怡途背。】亦為嚴呪詛いつのかしり。如此則虜自平伏。【嚴詛咒,此云いつのかしり怡途能伽辭離。】」天皇祇承夢訓いめのをしへ,依以將行。
時弟猾又奏曰:「倭國磯城邑しきのむら,有磯城八十梟帥しきのやそたける。又高尾張邑たかをはりのむら,【或本云,葛城邑かづらきのむら也。】有赤銅あかがね八十梟帥やそたける。此類皆欲與天皇距戰。臣竊為天皇憂之。宜今當取天香山埴はにつち,以造天平瓮,而祭天社あまつやしろ國社くにつやしろ之神。然後擊虜則易除也。」天皇既以夢辭いめのことば為吉兆,及聞弟猾之言,益喜於懷。乃使椎根津彥著弊衣服ころも及蓑笠みのかさ為老父おきな貌,又使弟猾被箕み為老嫗おみな貌,而敕之曰:「宜汝二人到天香山,潛取其巔土而可來旋矣かへるべし。基業成否,當以汝為占。努力慎歟ゆめゆめ!」是時虜兵滿路,難以往還。時椎根津彥乃祈之曰:「我皇當能定此國者,行路自通。如不能者,賊必防禦ふせかむ。」言訖徑去。時群虜見二人,大咲之曰:「大醜あなみにく乎!【大醜,此云あなみにく鞅奈瀰儞句。】老父老嫗!」則相與闢道使行。二人得至其山,取土はに來歸。
於是天皇甚悅,乃以此埴,造作八十平瓮やそひらか、天手抉あまのたくじり八十枚、【手抉,此云たくじり多衢餌離。】嚴瓮,而陟于丹生川上にふのかはかみ,用祭天神地祇。則於彼菟田川うだのかは之朝原あさはら,譬如水沫みなわ,而有所呪著かしりつけ也。天皇又因祈之曰:「吾今當以八十平瓮,無水造飴たがね。飴成則吾必不假鋒刃之威つはもののゐ,坐平天下!」乃造飴。飴即自成。又祈之曰:「吾今當以嚴瓮沉于丹生之川。如魚無大小,悉醉ゑひ而流,譬猶柀葉まきのは之浮流者,【柀,此云まき磨紀。】吾必能定此國。如其不爾,終無所成。」乃沉瓮於川,其口向下。頃之魚皆浮出,隨水噞喁あぎとふ。時椎根津彥見而奏之。天皇大喜,乃拔取丹生川上之五百箇真坂樹いほつまさかき,以祭諸神。自此始有嚴瓮之置也。
時敕道臣命:「今以高皇產靈尊,朕親做顯齋うつしいはひ,【顯齋,此云うつしいはひ于圓詩怡破毘。】用汝為齋主いはひ,授以嚴媛いつひめ之號,而名其所置埴瓮はにへ為嚴瓮,又火名為嚴香來雷いつのかぐつち,水名為嚴罔象女いつのみつはのめ,【罔象女,此云みつはのめ瀰菟破迺迷。】糧をしもの名為嚴稻魂女いつのうかのめ,【稻魂女,此云うかのめ于伽能迷。】薪たきぎ名為嚴山雷いつのやまつち,草名為嚴野椎いつののつち。」
冬十月癸巳朔一,天皇嘗其嚴瓮之糧,勒ととのへ兵而出。先擊八十梟帥於國見丘,破斬之。是役也,天皇志存必克,乃為御謠みうたよみ之曰:
神風かむかぜの 伊勢海いせのうみの 大石おほいしにや い這迴はひもとほる 細螺しただみの
細螺しただみの 吾子あごよ 吾子あごよ 細螺しただみの い這迴はひもとほり 擊うちてし止やまむ 擊うちてし止やまむ
謠意うたのこころ以大石諭其國見丘也。
既而餘黨のこりのともがら猶繁,其情難測。乃顧敕道臣命:「汝宜帥大來目部おほくめら作大室おほむろ於忍坂邑おさかのむら,盛設宴饗,誘虜而取之。」道臣命於是奉密旨しのびのおほみこと,掘窨むろ於忍坂,而選我猛卒たけきいくさ,與虜雜居。陰期ちぎり之曰:「酒酣之後さけたけなはなるのち,吾則起歌。汝等聞吾歌聲,則一時刺虜!」已而坐定ゐしづまり酒行。虜不知我之有陰謀しのびのはかりこと,任情徑醉。時道臣命乃起而歌之曰:
忍坂おさかの 大室屋おほむろやに 人多ひとさはに 入居いりをりとも 人多ひとさはに 來入居きいりをりとも
瑞瑞みつみつし 來目子等くめのこらか 頭椎くぶつつい 石椎いしつつい 持もち 擊うちてし止やまむ
時我卒聞歌,俱拔其頭椎劍くぶつちのつるぎ,一時殺虜,虜無復噍類者のこるもの。皇軍大悅,仰天而咲。因歌之曰:
今いまはよ 今いまはよ 嗚呼ああしやを 今いまだにも 吾子あごよ 今いまだにも 吾子あごよ
今來目部歌而後大哂わらふ,是其緣也。又歌之曰:
蝦夷えみしを 一人ひだり 百ももな人ひと 人ひとは云いへども 手向たむかひもせず
此皆承密旨而歌之,非敢自專みづからもはらなる者也。時天皇曰:「戰勝而無驕者,良將之行也。今魁賊已滅,而同惡者匈匈十數群とたむらあまり。其情不可知。如何久居一處,無以制變はかりこと。」乃徙營いほり於別處。
四、兄磯城、弟磯城
十有一月癸亥朔己巳七,皇師大舉將攻磯城彥しきつひこ,先遣使者徵兄磯城,兄磯城不承命。更遣頭八咫烏召之。時烏到其營而鳴之曰:「天神之子召汝,怡奘過いざわ,怡奘過いざわ!【過,音わ倭。】」兄磯城忿之曰:「聞天壓神あまのおすかみ至,而吾為慨憤ねたみつつ時,奈何烏鳥若此惡鳴耶?【壓,此云おす飫蒭。】」乃彎弓射之。烏即避去。
次到弟磯城おとしき宅而鳴之曰:「天神子召汝,怡奘過いざわ,怡奘過いざわ!」時弟磯城惵然改容おぢかしこまり曰:「臣聞天壓神至,旦夕畏懼あしたゆふへおぢかしこまれり。善呼烏,汝鳴之若此者歟!」即作葉盤ひらで八枚,盛食饗之。【葉盤,此云ひらで毘羅耐。】因以隨烏詣到而告之曰:「吾兄兄磯城聞天神子來,則聚八十梟帥,具兵甲つはもの,將與決戰。可早圖之。」天皇乃會諸將問之曰:「今兄磯城果有逆賊之意あたなふこころ,召亦不來。為之奈何?」諸將曰:「兄磯城黠賊さかしきあた也。宜先遣弟磯城曉喻之さとさしめ,并說兄倉下えくらじ、弟倉下おとくらじ。如遂不歸順まつろはず,然後舉兵臨之,亦未晚也。【倉下,此云くらじ衢羅餌。】」乃使弟磯城開示利害よしあしをしめす。
而兄磯城等猶守愚謀おろかなるはかりこと,不肯承伏。時椎根津彥計之曰:「今者宜先遣我女軍,出自忍坂道。虜見之,必盡銳とき而赴。吾則驅馳勁卒つよきいくさ,直指墨坂,取菟田川水以灌其炭火,儵忽之間たちまちのあひだ出其不意,則破之必也!」天皇善其策,乃出女軍以臨之。虜謂大兵已至,畢力ちからをつくし相待。先是皇軍攻必取,戰必勝。而介胄之士いくさのひとども不無疲弊つひゆる。故聊いささか為御謠,以慰將卒之心焉。謠曰:
楯並たたなめて 伊那瑳山いなさのやまの 木間このまゆも い行守ゆきまもらひ 戰たたかへば
我われはや飢ゑぬ 島鳥しまつとり 鵜飼うかひが伴とも 今助いますけに來こね
果以男軍越墨坂,從後夾擊はさみうち破之,斬其梟帥兄磯城等。
墨坂
墨坂神社
菟田川 奈良縣宇陀郡
椎根津彥獻計,以女軍佯出忍坂,陰趨勁卒指墨坂,取菟田川水灌其炭火,夾擊破敵。
來目歌其六:「並楯行其伍 伊那瑳山進官軍 行來草木間 守伍禦敵探風聲 如此戰之者 吾軍力疲飢且餓 翩翩島津鳥 鵜飼部伴者頃注 今速持糧迅來助」
月岡芳年『大日本名將鑑』 神武天皇
神武天皇 大日本名將鑑
鳥見 今奈良市鳥見村富雄町
皇師連戰長髓彥而不得勝,時有金色靈鵄飛來,止于皇弓之弭。長髓邑緣此瑞,遂號鴟邑,今訛稱鳥見。
來目歌其七:「 武勇威猛兮 久米來目子等矣 汝居垣本者 粟生在其處 臭韮一本粟田間 其韮根繫芽 連根拔除莫所留 如此擊敵止其息」
來目歌其八:「 武勇威猛兮 久米來目子等矣 汝居垣本者 辛味山椒植其處 食椒口炙疼 莫忘其痛今討讎 如此擊敵止其息」
十有二月癸巳朔丙申四,皇師遂擊長髓彥,連戰不能取勝。時忽然天陰而雨冰そらくらくひさめふる,乃有金色靈鵄くがねのあやしきとび飛來,止于皇弓之弭はず。其鵄光曄煜てりかかやき,狀如流電いなびかり。由是長髓彥軍卒,皆迷眩不復力戰。長髓ながすね是邑之本號焉,因亦以為人名。及皇軍之得鵄瑞とびのみつ也,時人仍號鵄邑とびのむら。今云鳥見とみ,是訛也。
昔孔舍衛之戰,五瀨命中矢而薨。天皇銜之ふふみて,常懷憤懟いきどほりうらむこと。至此役也,意欲窮誅きはめころさむ。乃為御謠之曰:
瑞瑞みつみつし 來目子等くめのこらが 垣本かきもとに 粟生あはふには 韮一本かみらひともと
其そのが本もと 其根芽繫そねめつなぎて 擊うちてし止やまむ
又謠之曰:
瑞瑞みつみつし 來目子等くめのこらが 垣本かきもとに 植うゑし山椒はじかみ
口疼くちびひく 我われは忘わすれず 擊うちてし止やまむ
因復縱兵急攻すむやけむせめ之。凡諸御謠,皆謂來目歌。此的取歌者而名之也。
時長髓彥乃遣行人つかひ言於天皇曰:「嘗有天神之子,乘天磐船自天降止。號曰櫛玉饒速日命くしたまにぎはやひのみこと。【饒速日,此云にぎはやひ儞藝波椰卑。】是娶吾妹三炊屋媛みかしきやひめ,【亦名長髓媛ながすねびめ,亦名鳥見屋媛とみやびめ。】遂有兒息。名曰,可美真手命うましまでのみこと。【可美真手,此云うましまで于魔詩莽耐。】故吾以饒速日命為君而奉焉。夫天神之子,豈有兩種乎?奈何更稱天神子,以奪人地乎?吾心推之,未必うたがた為信。」
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